2012年7月24日火曜日

「京」が真価を発揮するのはいつ?



「京」の活用計画が続々と登場

世界中のスーパーコンピュータの上位500システムのランク付けを、TOP500が毎年6月と11月に発表する。日本のスーパーコンピュータ「京」が、2011年の6月と11月のTOP500で世界一になった。この「京」は、20126月に動作確認試験を終えて完成し、同年9月から共用を開始するという。

「京」を使うプログラムの開発計画が時々報じられている。代表的なものを挙げよう。

2012222日の日本経済新聞によると、富士通と東北大学が3次元で津波の動きをシミュレーションするシステムを2012年度中に開発するという。実用になるのは2013年度以降だ。

また同記事によると、中外製薬などが東京大学と組んで20129月から抗がん剤の開発に着手するという。完成時期については触れてないが、少なくとも1年以上かかるとすれば、実用になるのは2013年度後半以降だ。

2012722日の同紙のよると、第一三共製薬は理化学研究所と、抗がん剤などの効果をシミュレーションするプログラムを20133月まで共同で研究するという。したがって、これも実用になるのは2013年度以降だ。

小生が時々目にするのは、こういう断片的な情報だけだ。他に、もっと早く「京」が真価を発揮するプロジェクトがあるのかもしれないが、上記の計画が新聞の見出しになっているところを見ると、これらが「京」の代表的な活用事例なのだろう。

2013年度というと、「京」が世界一に登録されてから2年後である。前にも記したように1年で2倍、10年で1,000になるスーパーコンピュータの世界では、スーパーコンピュータの価値は1年で1/22年で1/4になる。1,000億円以上の国費を投じたプロジェクトを、もっと早く成果に結びつける方法はないものだろうか?

ハードとソフトの開発は並行して!

ポスト『京』の課題・・・次期スーパーコンピュータ」(オーム社、OHM201110月号)に、「ハードウェアの開発が先行して、アプリケーション・ソフトなどを含んだエコシステムの構築にその完成後12年かかれば、スーパーコンピュータとして真に戦力になるときには、その価値は1/21/4に落ちていることになる」と記した。やはり、この懸念が現実になりつつあるようだ。

それを回避するためには、上記記事にも記したように、スーパーコンピュータ群が一つのエコシステムを形成していて、その中には性能が高いものも低いものもあるが、同じアプリケーション・ソフトが使えることが重要だ。そうなっていれば、そのエコシステム内では、格段に性能が高い新製品が登場しても、直ちに真価を発揮できる。

従来のメインフレームやサーバー/パソコンの世界では基本的にこれが実現されていて、新機種に入れ替えれば直ちにその性能を生かすことができる。一つのアプリケーション・ソフトは、同じエコシステムに属する限り、日本製、韓国製、台湾製の上位機、下位機を問わず、いずれのコンピュータでも使え、また一つのコンピュータは、同じエコシステムの全アプリケーション・ソフトを使うことができる。

エコシステムの世界では、一つのハードウェア専用のアプリケーション・ソフトの開発ということはあり得ない。こういうアプリケーションを作ったら、次世代のハードでまた作り直す必要があり、他の機関とソフトを融通しあうこともできないからだ。

実は、上記の津波シミュレーションの事例の富士通による正式発表には、「京」は一言も出てこない。こういうソフトの開発が「京」だけを念頭に置いたものであってはならないので、当然なことだ。にもかかわらず、新聞の見出しは「スパコン『京』で最先端へ」であり、記事にも「『京』を使った研究プロジェクトが始動する」とある。不思議に思って調べると、発表会に同席していた東北大学の教授が、このソフトは、PCクラスタでも「京」のような環境でも稼動可能だと言ったのが元のようだ。[Tech-On (2012/02/22)]記者は「京」を見出しに使うことでニュースの価値が上がると思ったのかもしれないが、してはいけないことをしていると書かれた当事者にとっては迷惑な話だ。

理化学研究所が、性能が1/1,000程度の「京」のミニ版を20132月頃、無償で開放するという。これは「京」と互換性があり、「京」用のソフトの開発に使えるということだ。[読売新聞201264日]本来、こういうソフト開発用のミニ版は、本物が現れる12年前に提供されることが望ましい。そうすれば、ミニ版でソフトを開発しておき、本物が現れたときはすぐその真価を発揮できる。従来のソフト資産が使えないハードを開発するときは、そういう配慮が必要だ。そうしないと、ハード完成後ソフトができるまでの間、資産を寝かせることになり、またその間にハードが陳腐化する。

いずれにしても、スーパーコンピュータといえども道具の一つに過ぎない。ノコギリやカンナが家を建てるのに使われて初めて意味があるのと同様に、スーパーコンピュータは津波や新薬のシミュレーションに使われて初めて人類に貢献する。スーパーコンピュータの開発自体が自己目的化してはならない。

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